3(前編)
■ルイーダの酒場殺人事件3(Aside)-forかちょ-【suwan&さやぴの視点】 ※ロクロ粘土氏共催イベント

ようこそ「ルイーダの酒場」へ。

此処は恋に哀しみを覚え
故に恋を引きずって訪れたお客様を癒す場所
本日は開店記念として
ちょっと変わった趣向にて

お店のお話を覗いて見てください

あたくしは
ママのロクロ

少しダミ声ですが

慣れて下されれば…


あら。
開店時間だわ。

どうぞ
いらっしゃいませ…





化粧良し。
ドレス良し。
私は鏡に向かって最後のチェックをした後、さやぴさんを振り返った。

「さやぴさんの準備はどう?」
「え〜っと、後は髪にパールピン刺すだけ。」

さやぴさんは長い髪を器用にまとめてパールのついたUピンを適所に差し込んでいく。

早いわねぇ〜。
感心したように見る私をさやぴさんは鏡越しに見てニッコリ笑った。

「そのドレス似合ってますよ。」
「そう?着慣れないないから恥ずかしいんだけどね。」
「私だってそうですよ。」

私達は顔を見合わせて笑う。
けれど、すぐにさやぴさんの顔が曇った。

テーブルの上には並べたままのタロットカード。
今日の様子を占ったようだけど様子を見る限りでは良い結果が出なかったなよう。
結果を聞くと私まで気分が落ちるかもしれかない。

こういう時は何も聞かないで明るく振る舞うのが一番だろう。
私は殊更笑顔でドレスを翻した。
グラビアアイドルのようなセクシーポーズを取りさやぴを見る。

「似合〜う?」

途端にさやぴさんが吹き出した。

「ににに似アッハハハ!」

思いもかけず作戦は成功したみたい。
ちょっと複雑だけど…。
最後の一本を差し終えてさやぴさんが立ち上がる。

「準備出来ましたよ。」
「じゃあ行きましょうか。」



今日はロクロ粘…ではなくて、ロクロママの【ルイーダの酒場】がオープンする日。
この日の為に私とsuwanさんはロクロママからあるお願いをされていた。

suwanさんは歌うこと。
そして私はピアノの演奏をすること。

オープンを1ヶ月切ってからのお願いにsuwanさんも私も随分焦ったけど、
好きな曲だったから練習にも身が入って間に合うことができた。
好きこそものの…、とはよく言ったものだわ。

目の前を歩くsuwanさんを見た。

大きく肩を出した黒いホルダーネックのロングドレスはいやらしくない程度に背中が出ていて、
裾の方は濃い紫のグラデーションになっている。
大人っぽい雰囲気のsuwanさんによく似合っていた。

私が着ているのも肩が出ているが、suwanさんのドレスとは違いワンショルダーで
ハイウェストでの切り替えになった、クリームイエローの可愛いドレスだ。
ピアノが弾きにくくないように配慮したフレアスカートになっている。

ロクロママがくれたんだけど、サイズがピッタリで驚いた。

mixiにスリーサイズなんて書いたつもりはないんだけど…。
見ただけでわかるのだとしたら太った時は会えないかも。

それにしても控室でのタロットカードの結果が気になる。
私のカードはダイバー兄やかちょさんと同じ物だけど使い易いので気に入っている。

カードも私に馴染んでいて、今日も練習がてらの気持ちと集中力を高めるために占ったのだけど。

三つの幸せ。
三つの不幸。
一体何なのかわからない。

互いに相殺するものでも無いし…。

ダイバー兄がいたら聞いてみようかな。
もしかしたら彼も占いをしているかもしれない。
かちょさんは…してないかなぁ。
仕事上がりに来るって言ってたし。

そんな事を考えている間にsuwanさんは店内に入っていったよう。
いけない。私も行かないと。



リハーサルの時とは違い、店内はロクロママの友人達で賑わいを見せていた。

さやぴさんが小走りでダイバーさんの所に行き何か話している。
きっとさっきのタロットについてかな。

ちょっとだけ深刻そうな顔をした二人だけど、話はついたらしくすぐにさやぴさんは戻ってきた。

「じゃあ始めよっか。」

「最初はSeasons Of Loveだよね?」

さやぴさんがグランドピアノに座る。

私の好きな曲。
綺麗な旋律が流れ始めて私は大きく息を吸った。
リハーサル通りにタイミングが合い、さやぴさんのピアノに私の声が重なる。

今日は絶好調かもしれない。
さやぴさんを見ればさっきの悩みは嘘のように楽しそうにピアノを弾いている。
今日は楽しい夜になりそう…
カツン

不意に歌に混じる不況和音。
何気なく目を向けた先にあったのは眠るようにカウンターに伏せられた体。
側に倒れたグラス。
あれ…あれは…!

「かちょ!」
「いやあぁぁぁぁぁ!!」

ダンッとフォルテでピアノの不協和音が響いて止んだ。
3(後編)
■ルイーダの酒場殺人事件3(Bside)-forかちょ-【suwan&さやぴの視点】 ※ロクロ粘土氏共催イベント
ようこそ「ルイーダの酒場」へ。

此処は恋に哀しみを覚え
故に恋を引きずって訪れたお客様を癒す場所
本日は開店記念としてちょっと変わった趣向にて

お店のお話を覗いて見てください

あたくしはママのロクロ

少しダミ声ですが 慣れて下されれば…


あら。
開店時間だわ。

どうぞ いらっしゃいませ…





「…はい。お願い致します。」

ロクロママはそう言うと受話器を置いて私達を見る。
かちょさんが倒れてほんの少し経ったbarルイーダの酒場。

「…こんな事になるなんて…。」

ロクロママは警察に連絡したと皆に伝えた後、うなだれるようにそう呟いた。
着物に描かれた大輪の花もぐったりとくたびれたように見える。
娘さんだと紹介されたちょもさんが慰めてはいるが中々立ち直れないでしょうね。

「せっかくの開店記念日なのに…。」

隣でピアノ用の椅子に座るさやぴさんが小さく溜め息をついた。

「そうね。」

まさか開店記念に友人達に集まってもらった場で、こんな事件が起こるなんて思ってもなかったに違いないから。
私の心も痛んでしまう。
まさか私が歌っている最中に死んでしまうなんて思いもよらなかったから。
もし私が歌わなかったらグラスに毒を入れる隙なんて無かったかもしれない。
もし、もし、もし。
言ったってきりがないのはわかってる。



もう彼女は死んだのだから。


でも一体誰が毒なんて…。

確かに彼女は毒舌だけど恨まれる程では無かったと思う。
人は見かけによらないと言うから本当にそうとは言い切れないけど。
客席は幾分か落ち着いたようで、ボソボソと囁くような声で会話がしている。
当然皆この状況では大きな声なんて出せない。

今辿り着いたらしい目にも鮮やかなドレスとトンガリブーツを履いたMNKSちゃんを覗いて…。

「ねぇ!ダイバー?一体どうしたの?」

空気を読んで何か起きた事は分かっているらしいけど、どれ位のものかは気づいてないらしくダイバーさんに屈託なく聞いている。

それに対してダイバーさんは苦い顔を隠そうともせず、

「…もう少ししたらちゃんと説明する。」

ぶっきらぼうに答えて扉の方に向いた体をカウンターに戻した。
その途端にダイバーさんに刺さる複数の視線。

…やっぱりダイバーさんを犯人だと思ってる。

周りの雰囲気に気づいたらしく、ピアノに肘をついたさやぴさんが「馬鹿ばかしい。」と吐き捨てるように呟いて、
演奏中に飲むつもりだったペットボトルに口をつけた。

そう。
確かに状況を考えたら一番疑わしいのはダイバーさんだ。

でも彼には動機が無い。
かちょさんはダイバーさんを師と呼んで慕っていたし。
私達の知らないところで何かあったとか?
それはないわね。

彼女は隠し事はあまりしない。
多分出来ないのだと思うけど、何かあったら彼女のmixiに書かれているはず。

昨日の日記を見る限りでは鉄血さんと一緒に行くって書いていたし…

「あら?」

思わず口についた言葉は近くにいたさやぴさんに届いたらしく、彼女は不思議そうに私を見た。

「suwanさん?」
「あっ、何でもない。」

そう、と言ってさやぴさんはピアノに向き直った。
安心してまた思考に溺れる。

どういうことなんだろう…。

昨日の日記では確かに鉄血さんと行くと書いていたのに。
それなのに今日一緒にいたのはダイバーさん。
やっぱりダイバーさんと何かあったのかしら。
それとも、

「鉄血さんが、」

幸い今度の声は誰にも聞こえずに済んで、ホッと息を吐く。
…まさか。
だってチャンスが無いもの。
席が離れているからグラスに毒を入れることなんかできない。
それは一緒に座ってるケッタさんが証明してくれる。
グラスに入れたのでは無いとしたら?

いえ、それでも無理。
私が見ていた限りでは鉄血さんがカウンターに近づいた姿なんか見ていない。
となると毒を入れることが出来るのはダイバーさんだけ?
…違う。

もう一人だけいる。

私の視線が向けられた先には大輪の花が咲き誇る着物に身を包む姿。
ロクロママ。

あの人なら…。



カウンターの方に向き直ったダイ兄を見る皆の視線に私は苛立つ。
やっぱりダイ兄が毒を入れたと思ってる。

イライラしながら考えていると後ろから聞こえて来る声。

テーブルに座っていた3人組だ。

ロクロママの知り合いだから名前は知らない。
「…どうなるんですかね…」
「とりあえず警察が来るまで動けませんし…。」
「…それよりも何故こんな事が…。やっぱり…。」

微かに伝わる会話の端々はダイ兄を疑うセリフが入っていた。

「馬鹿ばかしい。」と吐き捨てるように呟いて、演奏の合間に飲むつもりだったペットボトルに口をつける。

ピアノに肘をついていると「あら?」と小さくsuwanさんが呟いた。

「suwanさん?」

「あっ、何でもない。」

誤魔化すように笑うsuwanさんを気にする余裕なんて私にはなくて、「そう。」と返して再びピアノの方を向き直った。

その視界に入った鉄血さんもうなだれてケッタさんと話しているが、
ダイ兄犯人説を語っているようでは無くて私は少し安心する。

「かちょ…わしが先に着いて居れば…。」

落ち込んだ様子で話している鉄血さん。
それをケッタさんが慰めている。

「鉄血さんのせいではありませんよ…」
「慰めは要らん。事実に変わりがない。」
「…ですが、なんかかちょさんの倒れ方変じゃなかったですか?」

その一言で店内にいた人達がケッタさんのほうを向いた。

「どういう事だ?」

戸惑ったように聞くのは鉄血さんだ。

「いや、毒を飲んだにしたらやけに静かに倒れたな…って。
 イメージでしかないけど毒を飲んだらちょっと位は苦しむんじゃ…」

隣のテーブルにいた男性も頷いた。

「確かに。わたしも毒を飲んだ人を間近で見たことはありませんが、なんだか変ですね。」

それに対して横に座る男性が首をかしげる。

「…そうかな…あっしは気付かなかったな…」

そんな事、気付きもしなかった。
私が気づいたのは一つだけ。
それは…

「あの…」

周りの目が私に集まる。

「かちょさんが席を外してる間…私見たんです…。」

視線に負けないように拳を握った。

「誰かがグラスに何か入れてるのを。」

周りがざわつく。

「だけど…」

ためらいつつも私は続けた。

「演奏の時に楽譜越しにチラッと見えただけだから…」

私が見たのは楽譜を追う視界の中で見えた一瞬のこと。
もちろん誰がだなんてわかるはずもない。
悔しい。

ダイ兄を助けれないなんて。

唇を噛む私をよそに、鉄血さん達の横に座るテーブルの男性が向かい側に座った女性を見た。

「波乗りさんはどう思う?」

波乗りさんと呼ばれた可愛らしい女性が「はぁ?」と驚いたように返した。
まさか自分に話を振られるとは思ってなかったらしい。

「波乗りさん、さっきからカウンターの方見てたでしょ?」
「そんなの四階堂さんも部長もでしょ!
 だいたい私が見てたのはかなっぺさんが心配だったから…」

視線の先にいたのはカウンターに座った女性。

オレンジのチュニックワンピが似合う綺麗な人だ。

「あら、見てたの?」

悠然と笑みすら浮かべるかなっぺという女性を私は睨みつけた。
人が死んだというのに…。

かなっぺという人は皆の視線を気にすることなく煙草を一本取り出して吸い始めた。
「他の人はどうだろう?」

部長と呼ばれた人が更に向こうの席に座るグループの方を向く。
いきなりの言葉に不安そうに互いの顔を見ている。

「…ぴくさんはどう?」
「本だけの知識なら確かに苦しむとは思うけど…。」

そう言って手元にあったノートをヒラヒラと振る。

「今書いてる話も毒を飲んで苦しんでもらってるから、本来はそういうものじゃないの?」
「そっかぁ、そうだよね。あの死に方はおかしいよね。」
「やっぱりみんくさんもそう思う?」
「二階堂さんも?」
「だってねぇ…。」

段々犯人が誰であるということから殺害方法に話がズレてきている。

きっとダイ兄が殺したと全員思ってるからだ。
ダイ兄も何か言えばいいのに。

カウンターを見れば周囲の視線を気にせずにダイ兄は考え込んでいる。
もしかして犯人がわかったとか…

暫くの沈黙の後、思いもかけない言葉を私は聞いた。


「……。俺がやった…。」
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