新連載 ダイヴァー氏主演小説 -LIVE CARD-第一話 『大盤振舞』


暑い…。

いや、熱い。


真夏のカップラーメンは目に染みる。


汗が。

黒いジャケットの中に見えるTシャツには
「噛み締めろ」

と言う文字が書かれている。

地味にプリントじゃなく染め上げだったりするらしい


此処は脳噛探偵事務所

室内気温40℃をゆうに超す事務所で
ラーメンと格闘しているのは


脳噛探偵事務所所長







事務員兼会計兼ケンケン…


簡単に言えば、全て一人で賄っている探偵のダイヴァー。


探偵事務所なのだが
探偵事務所のはずなんだが

どちらかと言えば何でも屋である

人探しの依頼で先方に伺えば水道の水漏れを直したり


質に流れた商品を買い戻す依頼を受けたのに
最後は猫の引き受け人を繋げたり…




勿論依頼はきちんとこなす。




器用なのか不器用なのか。
日々よく働く割りにはあんまり儲かってない

というか依頼の報酬以外を受け取らないから仕方がない。


そんなこんなで遣り繰りしながら

今日もカップラーメンをすするダイヴァー



ダイヴァーの仕事の仕方は変わっていて
依頼の解決は占いで行う。

人呼んで「占い探偵」



もっとも呼んでいるのは今のところダイヴァー自身だけだが。


鍵が壊れて開かない窓が曇りはじめた頃
クイズ番組の不正解のようなブザーが鳴る


「ん?客かな?」



残った汁を一気に飲み干すと
おもむろにダイヴァーは扉に向かう



開けた扉の前にはスレンダーな体格の
ソニア・リキエルの薄いブルーのワンピースが
よく似合う女性が立っていた


「はい、脳噛み探偵事務所です」

名乗るダイヴァー

「あの…」


女性は扉を開けた時の熱気に一瞬ひるんだ。
「どうしましたか?」




「人を捜して欲しいんですが…」

そう言った時、彼女は突然ふらつきだした。
「大丈夫ですか?」
慌てて体を支えるダイヴァー


「ええ…あの…」

何か言いたげな女性

「どうしました!」

軽く語気を強め聞いてみる
「あの…ちょっと眩暈が…」

よく見ると汗が噴き出して体は冷たい

「…熱射病か…。」

外の炎天下というより、扉を開けたとたん部屋から流れ出た熱気にやられたようだ。



諦めたようにダイヴァーは依頼者の女性に肩を貸し

とりあえず隣の喫茶店へと連れて行った。

カラン〜。いつもの涼しげな扉の開く音がした。


女は振り返るといつもの営業スマイルでお客様を迎えた


いや、迎えようとした。


「いらっしゃ…あら、昼間っからなにやらかしてるのよ。エロ探偵」


いつもの客へのいつもの毒舌は
夏の暑さに関わらず店内に鳴り響く

毒舌の主はかちょ
喫茶「レッドカード」の店主の奥さんだ

「バカタレ。熱射病だ」


あわててお水を用意しながらも毒舌は止まらないかちょ



「あんな熱風コマーシャルみたいな部屋に入ったら当たり前でしょ?人間なら100%倒れるわよ」


ダイヴァーは不機嫌に突っ込む


「俺はどうなる…」
「はて?人間ではない事は確かよ。」


毒舌を吐きながらもお水を女性に差し出し
「大丈夫ですか?」

と、天使の笑みを浮かべるかちょ



「マスター…奥さんの女性贔屓はどうにかなりませんかね(笑)」



背のとても高い店主
ケッタマシンに苦笑を交えて話す探偵


「彼女の趣味だから仕方ありませんよ(笑)それに…」



「辛口はうちのおすすめですから(笑)」



ニコニコしながらケッタマシンは言うと冷たいオシボリを饒舌な奥さんに渡す。


その手で探偵用にやや濃いめのブラックコーヒーを立て始めた。



「ありがとう…」
少し意識がはっきりしてきた女性は喫茶店特製のお冷やを飲む。

ほんのりしたとレモンの香りが口の乾きを潤す

そのあとに刺激を与えないよう
やや遠慮がちに塩の味がやってくる

そして何か分からない優しい味が…
その味が溶けるように体に染み渡ると

一分もしない内にもうろうとしていた意識の焦点が合いはじめた




「…ハチミツ?」
その味の正体をかちょに尋ねる

「あら、分かるの?」ママは嬉しそうに女性を見た。

「熱射病には最適なのよ☆でも、なかなか分かる人居ないんだけど。其処の便利屋位しか。」

「俺は探偵だ。」

「あら、聞こえたの(笑)」

そんなやり取りをしながらかちょはコーヒーを運ぶ

「さて、落ち着いたみたいだし、用件をお伺いしましょうか?」

やや改まってダイヴァーは
依頼人になりそうな女性に問いかける。



「ええ…でも…。」
女性は周りを気にかけた。


「マスター。すまん」
チラッとケッタマシンの方を向き一言詫びを入れると、ケッタマシンはにこっと笑みを返した。


「ハイハイ。」

それを聞いたかちょは
表に出て札をを準備中に変えた。


戸惑う女性。

「もう大丈夫。貸し切りましたから。」
ダイヴァーは穏やかな笑顔で女性を見た


「お店は大丈夫よ。あんな蒸し暑い部屋で話なんか出来ないから、たまにこうしてここで依頼を受けてるのよ。この人」


相変わらず天使の笑みを絶やさず毒舌も絶やさず事情を説明するかちょ

「マスターもママも脳噛探偵事務所の一員みたいなものですから、秘密の漏洩はありませんよ。」


「そうなんですか…。じゃぁ…」



女性は少しずつ話し始めた


女性の名前はさや。



依頼の内容は人探し
二週間前から連絡が取れない男を捜して欲しいとのこと。


「なるほど…。」
コーヒーを一口飲んだ後、ダイヴァーは真剣な赴きで聞いていた。


「捜すにしても、まずはその男性についてもう少しお聞きしない事には。」

「失踪先にお心当たりは?」


ダイヴァーが問いかけると、やや間を取った後さやは答えた

「心当たりは…あります。」


「あるんですか?」



ダイヴァーは意外な返答に少し戸惑った
「ええ…。多分間違いなくそこに居ると思います。」


「だったら、何も依頼なんかしなくても警察に問い合わせるとか…」


その問いを待ち構えたかのようにさやは答えた


「それが…出来ないのです」

事態がよく飲み込めないダイヴァーは続けて問い詰めた

「…どういう事ですか?」



「実は、その場所というのは…。」

さやはかちょとケッタマシンを気にしてか
机越しにダイヴァーの耳元で囁いた


……。


一瞬顔がこわばり、全てが理解出来た探偵はやや真剣な表情でさやに伝えた

「…わかりました。先に申し上げますが、危険とわかっている依頼は安くありませんが宜しいですか?」


「…ええ。お金なら用意して参りました」



封筒をバーバリーの鞄から取り出すと机の上に差し出した。

「100万あります。これでなんとか…」


下を向いたまま
思い詰めた表情でさやはぐっと唇を噛んだ

少し間を空けた後
探偵はその封筒をそっとさやの方へ押し返えした



「え?…」

封筒が目の前に現れ、驚いたように前を向き
探偵の表情を確認する。

「申し訳ない」
探偵は穏やかな表情のまま言葉を発していた。


その言葉を聞いてさやはどん底に落とされた表情で探偵を見て
やがて諦めたように立ち上がろうとした

「すいませんでした。今の話はなかった事に。」
悲しみか怒りか分からない表情でさやは鞄を手にする


出ていこうとするさやに表情を崩さぬまま探偵は



「当事務所は成功報酬ですので、先にお金をお預かりするわけにはいきません。」



その言葉の意味が分からず、直立したままのさやに探偵は続けた
「明日もう一度事務所の方へお越し下さい。具体的な捜査内容をご説明致します。」


「じゃあ!」
振り替えるさやに探偵は答えた

「ええ。お受け致します」

「…ありがとう…。」
涙ぐみながらさやは答えた


続く


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