ロスノワール 〜荒ぶる黒き風〜












「フン・・・・・手応えの無い奴等だな・・・・・。」



     人々が『黒獅子』と恐れる、ザガン公軍のオプキュトリア

     ダイヴァー・バルガスタイン。


     100人ほどの兵士を斬り捨てた。

     向こうに目をやると、おびただしい土煙が巻き起こっていた。



「バーハインの雑魚共め・・・・・懲りもせず・・・・・。」



     そして、剛剣を構えた・・・・・。


     こんな状況が過去にもあったな・・・・・。









     今は辺境将軍と言う地位に居る。
     
     まだ、将軍補佐辺りの地位だったか・・・・・。






     本当は記憶の奥に仕舞っておきたい11年と言う信じていた年月。

     酒場で美しい歌姫を手に入れたその時でも、
     心の遥か奥で、とある幸せだけは信じていた。


「生きていれば・・・・・28か・・・・・さぞかしイイ女だったろうな・・・・・・ティーラ。」





     ガスタルカ公を狙う者達から公を庇い死んでいった・・・ティルオーラ。

「アイツらしい・・・・・そう言えばそうか・・・・・。」








     

     瞬く間に、その土煙と轟音が耳障りな距離に成ってくる。



「バルガスタイン将軍!!敵軍です!!」

「フン・・・・・見れば解る・・・・・。
   全軍・・・・・一人十殺だ・・・・・。
   私が斬り込む!! 1人足りとも、生きて返すな!!」




     手綱を震わせ、真っ先に敵の陣へと乗り込んでいく。


     一振りで数人の叫びが聞こえる。




     そんな当たり前の戦場での、当たり前の出来事。






「なぜ・・・・・。」



     ダイヴァーの頭を過ぎるのは、ティーラの手紙。


「なぜだ・・・・・なぜ、おまえが・・・・・。」





      『愛してる。本当は全てから自由になりたかった。』




      この剣を幾度振れば、おまえを幸せにできただろう?



      幾つもの戦場を駆けても、自分にはそれができないと知っていた。





「我が傍に置いておけば、我が剣が勝ち取ったとでも言うのか!?」






      無論、そうでないと言う事も知っている。





      『もし生きていたら抱きしめてください。
         あなたに巡り会い、幸せになりたいと初めて思った。
         今度こそ連れていってください。
         あなたと夢をみた哀しいまでの空を何処までも行きたい。』





      そう願った少女の想いすら振り切り・・・・・


      ただ、『幸せでいればいい。』


      たったそれだけの願いだった・・・・・。







      お門違いと思えど、ティーラを護れなかったバルバジスを恨めしく思う。



      

      単騎で斬り進む敵陣の中。


      ふと、鉄騎の馬の鎖に一瞬目を奪われる。

        
      大きさも全く違う、『偽物』であるはずのその『鎖』に・・・・・。





      その一瞬の隙に、槍が足を掠める。


      そのまま落馬してしまう。


      一瞬の気の緩みが、油断と成り戦局を覆す。


      そんな事は普段から部下に怒鳴りつけて教えていたはず。






「まだまだ、私も修行が足りんか・・・・・。」



       下らぬ恋慕は剣を鈍らせる。


       そう思った・・・・・。



       思い込んでいた・・・・・?






「私を地に着けるとはな・・・・・この首取ってみよ!!」



       落馬してから、はや十数の兵を斬り捨てている。



       後方を見たが、自軍の部下は全く見えない。







       さすがの混戦に少しづつであれど、剣傷は付いていく・・・・・。




「どうした!!その程度では我が首は取れんぞ!!」





       部隊長だろうか?少しの手慣れの兵の槍が、足を撃つ。




       一瞬だけよろめく・・・・・。







       その隙に胸に剣が刺さる。

「グッ・・・・・・ほほぅ・・・・・中々やるな・・・・・。」



       即座に斬り捨てる。








「まだまだァッ!!」






       さらに迫る眼前の敵を薙ぎ払う。



       さすがに、剣に鈍りを与える傷である。

「オ、、、、オイ、何で倒れねえんだ!!」
「こ、、、、これが黒獅子なのか・・・・・。」





       
       それでも倒れてはならない・・・・・。


       それでも膝を付いてはならない・・・・・。


       それでも死んではならない・・・・・。



       ただ斬る事が、ただ最強を自負する事が、

       ただ振り下ろす剣の斬れ味に、自分の信念を宿した男。



       万が一にも崩れる事はあってはならない・・・・・。






「かかって来い!!身の程知らずがァァッ!!」






        『黒獅子』 いつから誰がそう呼んだであろう・・・・・。








        ただその牙で百獣の王に君臨する事をうまく表現したのであろうか・・・・・。

        触れれば味方ですら、噛み付いてしまいそうなその獅子は、
        あらゆる束縛をも斬り捨てる。







「私はまだ・・・・・死なんぞ・・・・・。」







        幾多の兵をも斬り捨てて来たその剛剣は・・・・・・。


        今は何を『斬っている』のだろう・・・・・。








        熱く・・・・・それでいて冷静に・・・・・。

        冷徹に・・・・・それでいて熱く咆哮する・・・・・。








        何の躊躇いも無く、全てを斬っていた剛剣に眠る熱い想い・・・・・。







        何を斬っても『斬れない』もの・・・・・。






        その苛立ち・・・・・。


        自分への苛立ち・・・・・。








        剛剣では成し得ない領域への願い・・・・・。









「それでも、私は・・・・・。」









        すでに数百の兵の血を吸ったであろう剛剣・・・・・。


        自軍をすら慄かせ、敵兵を脅かすその剛剣が、

        なぜか悲しい剣音に聴こえるのは何故だろう・・・・・。


















        舞い散る血煙の中・・・・・






「バルガスタイン将軍!!上です!!」






         幾百とも言える雨のような矢が降り注ぐ。

         交わしようの無い鋼鉄の雨が黒き獅子に突き刺さる!!






「クッ・・・・・しくじった・・・・・。」

         一瞬揺らいだ・・・・・。

         それでも膝は付かない。




         それを機と、さらなる土煙と轟音が包む・・・・・。









「将軍!!!!!!!」


















          土煙の引いたあとには・・・・・










           倒れている兵と、同じ鎧を纏った兵の山ができているだけだった・・・・・。







「なんという・・・・・。」


「どうしたァッ!!その程度か!!」


















「将軍!!幾ら将軍と言えど、単騎は・・・・・・。」


「フッ・・・・・我が横になど・・・・・誰が立てる。」

「いや、しかし・・・・・。」


「おまえ等は、黒き獅子の喰いそこねたエサをただ斬ればいい・・・・・。
   我が横には・・・・・誰も要らぬ。」














             遥か昔・・・・・護りたかったものはもう腕に居ない・・・・・。



























             戦場から帰ったダイヴァーを迎えるのは、

             紫の衣服の女性・・・・・。



             愛妾のオディール。




「また、相当無茶したようね?」


「傷は戦士の勲章と言うだろう?」

「いつもそうやって馬鹿なことを・・・・・。」

「誰が馬鹿だと?」




「ま、止めても無駄だって知ってるけど?」





              傷の手当てをしながら、呆れ顔のオディール。






「フン・・・・・まだ死ねぬ理由があったか・・・・・。」



「え?今、なんて?」


「・・・・・・・・。なんでもない・・・・・・。
   鍛冶屋を呼んでおけ、この程度の鎧で、黒獅子に纏わせるとは笑止。」




「単騎で突撃するからじゃないの?」


「我が後方に居れば、与えてやろう・・・・・無敵の獅子の存在をな・・・・・。」















「いつか、私が立つわよ?」




「何がだ・・・・・?」












「あなたの隣に・・・・・・。」














「勝手に言っていろ・・・・・。」











             鼻で笑ったダイヴァーであったが・・・・・。




             ただ嘲笑しただけでなく、何処かに何かの可能性を
             密かに願っていると、オディールは解釈した・・・・・。


















「悪いな、ティーラ・・・・・。まだ少し、そっちには行けそうに無い・・・・・・。」












             と、後ろから駆けてくるオディール。




「ねぇ、これ見て?新しく買ったんだけど?」




             鈴蘭に見紛う花と・・・・・鎖の装飾の飾り物・・・・・。

             もちろん只の偶然ではある。





「おまえにはもっと似合う物があるだろう・・・・・。」





             その飾りを千切り、草むらへと投げ放った・・・・・。





「あ!!なんてことを・・・・・・。」








「来ないのか?」




「え・・・・・?」








「装飾屋も、深夜までは開いてはおらんぞ?」










「もう・・・・・・。」










             黒き影の後を、紫の影がついていった・・・・・。

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