9
《足跡ペタリン★イベント小説》【怪盗紳士のお茶の間劇場〜還るべき場所〜】
煙が消えた後。
「ちょっ、たまさん。 かちょさんを起こしてくれない?」
「命が惜しいんで嫌です!」
たまと呼ばれた若い男性は目を見開き首を振る。
側にいた探偵コンビに至ってはロクロママとは目を合わせることすらない。
話題の元、かちょという女はタンコブを作って伸びてはいるも少しすれば気がつくだろう。
タンコブの原因は発煙筒と思われる物と岩塩(なぜ?)が転がっているのでわかるのだが、
問題はそこではないことくらいカエルにも解っていた。
目が覚めた時に怒り狂うであろう女から得意の毒舌を受けたくないのだ。
それはカエルにも同じこと。
探偵コンビを睨む。
「おい!この足をどうにかしろよ。」
対する二人は力一杯の笑顔だ。
「それ、熱湯で溶けますから。」
「ロクロママさんにでも頼んでください。…命があれば。」
一歩下がる。
同時に後ろに感じる殺気。
「お前らっ…」
「……………………痛い…。」
言葉は続かなかった。
「全く大変でしたね〜。」
「本当ですね。」
探偵コンビは後ろで絶叫するカエルを省みることなく現場を去った。
それはもう競歩ともいえスピードで。
「これで依頼がくればいいのですが…。」
「無理じゃないかな。」
「明日からの御飯が…。」
「…。」
グッと下がるスピード。
「…まぁ仕方ないね。」
「…あの、」
「すいません。」
「ちょっと、」
「まぁちゃんが気にすることじゃないからね。」
「…」
「けど、」
「すいません!」
弾かれるように振り向く二人の視線の先に小柄な女性がいた。
「ちびっこい。」
とボソリとまぁちゃんが呟く。
女性はおずおずといった様子で近づくとラフィーを見上げた。
「捜査を依頼したいのですが。」
微かに形作られる笑顔。
「しししし仕事ですかっ!」
「先生噛みすぎ。」
呆れたようにラフィーを見、まぁちゃんは二人から離れる。
「すいません先生。これから用事があるので失礼します。」
一礼をし歩き出す。
後で少しだけ振り返ると顔を赤くしたラフィーが頭をかいてるのが見えた。
「俺やっぱり迎えにきて良かったッス!」
「…。」
「(なんか怒ってるッス!!)」
俺の横で彼女は無言のまま。
このままではプレッシャーで窒息死してしまう!
誰か助けてくださいッス!!!
「…あ。」
不意に彼女が立ち止まる。
「ヒマジー。」
「おっ、何してんの?」
彼女が声をかけたのは知らない男。
彼女と俺を見てニッと笑う。
「噂の彼氏とデート?」
それから俺に声をかけてきた。
「あっ俺はこいつの幼なじみ。こいつってさぁ無愛想だし大変じゃね?」
「そんなことないッス!
確かに口数は少ないけど優しいし可愛いし飯美味いしサイコーの彼女ッス!!」
(更に言うなら小柄で小動物みたいだし意外とスタイルいいし寝ぼけた顔なんかグッとくるが、
言ったら命が無いな。絶対無い。黙ってよう俺。)
「うっわバカップル。」
呆れたように言いながらヒマジーって人の顔は少し嬉しそうだ。
「…バカ。」
小さく彼女が言って歩きだす。
慌てて追いかける小さな背中にかかる声。
「まぁちゃんも誘って遊ぼうぜ〜!」
彼女は背中越しに手を振った。
「…何してるんですか。」
「…聞くな。」
【ルイーダの酒場】の前。
ヤカンを前に立ち尽くす男と携帯を手に立ち尽くす男。
「それじゃあ。」
軽く会釈をしてケッタマシンは店の扉に手をかける。
そして躊躇いもなくカエルを置いて入っていった。
「ケッタさん!
遅いじゃないの〜。」
店内にダミ声が響きわたる。
「ちょっと用事があって…すいません。」
「まぁいいわ。それよりあれを何とかしてくださらない?」
視線の先にはテーブル。
その側にはイスに座らず床で土下座させられている一組の男女がいた。
「すいませんでした!」
「気持ちがこもってなーい。」
そう言ってかちょがドライマティーニを飲む。
「マジすいませんでした!!」
「気合いが足りなーい。」
「申し訳ありません!!!」
やれやれとロクロママが呟く。
「今日の撮影に来てたレポーターとカメラマンらしいのだけど、さっきからあんな調子なのよ。」
「止めようがないですね。」
「それじゃあ困るの。」
ダミ声に含まれる困りの色。
そうなるとケッタマシンは断ることができない。
「…ダメ元ですからね。」
「助かるわ!」
その声に見送られてケッタマシンは店の奥へ向かった。
鉄血キャンプを3セット終了しアイスを食べ始めるMNKS。
その横で鉄血はカレーを食べている。
「せっかく訓練をしたというのにアイスなんぞ食べおって。」
「辛ければいいってもんじゃないけど。」
「カプサイシンがな。」
「それ唐辛子入ってないし。」
ぐっと言葉に詰まる鉄血を横目にアイスを口運ぶ。
さて次は義兄ちゃんにバレないようにしないとね。
MNKSのスカートとポケットにあるチラシにはこう書かれていた。
【萌え萌えメイド大会〜夏のエンジェルは君だ〜】
「まったくもう。」
「すいません。」
suwanに頭を無由。
あのドタバタとした騒ぎの中で怪盗Dを連れて逃げたのはいいが、思ったより頭は悪くなかったらしい。
気づけば助手らしい青年と姿を消していた。
「まさか盗めなかったなんて。」
「待って、問題はそこじゃないでしょ。」
あんな物、いやあんな者はいらないし、そもそも盗みたかったのはあれじゃない。
なのに青年は訳がわからないといった顔で見ているのだ。
才能が無いわけではないのだ。
「後はウッカリ者だということよね…。」
こればっかりは長い目で見ないといけないわけだが。
時々この無由を助手にした自分に疑問を抱くことがある。
「無由君はそんなになりたかったの?」
ん?という顔になった無由だがすぐに気づいて頷く。
「もちろんです。」
「そう、そうよね。」
そうでなければ泥棒の手伝いなんてしないだろう。
だから私も彼を助手にしたのだ。
「LadySの時のsuwanさんに惚れましたから。」
きっと。
きっと私は彼の真っ直ぐなところに惹かれたのかもしれない。
「…また連絡するわ。」
「わかりました!」
じゃっ!と元気よく立ち去っていく無由にsuwanはため息をつく。
「バイク!」
「っ!!」
…そしてきっとウッカリなところも。
「いらっしゃいダイバー。」
さやぴの言葉に何も返さずダイバーはのっそりとイスに座った。
さやぴの方も気にした様子も無く調理を続ける。
「はい、ペペロンチーノ」
目の前に出されたのはイタリアンの定番、簡素で素朴なスパゲティ。
「前のとは違うけど特製の唐辛子をもらったの。」
さやぴが笑う。
「まさか、そんなにペペロンチーノが食べたかったなんてね。」
つられたようにダイバーも笑いフォークに手を伸ばす。
食べたらもう怪盗を辞めようと思いながら。
そして…さやぴにプロポーズしようと心に決めて。
パスタを多めに絡め取り一気に口の中に入れた瞬間、さやぴが一目散に隣の部屋へ逃げていく。
そして…
ブハッ!!!!!!
襲いかかる強烈な痛み。
堪えられず口の中の物を吐き出す。
「辛い〜?」
辛いというより痛い、なんて言う余裕も無くダイバーは水を飲む。
「ほら、【幻のハバネロ】食べたがってたでしょ?」
降りかかる声はどこまでも優しい。行為とは裏腹だが。
「だからね、かちょさんに頼んだの。毒舌にも負けない香辛料をちょうだいって。」
咳き込みながら見上げると、いつの間にか近より目を細めた彼女が作りものめいた笑顔でダイバーを見下ろしていた。
けれど目は笑っていない。
「少しは懲りたらいいんじゃない?」
霞む目でダイバーは思う。
やっぱりプロポーズは次回にしよう、と。
「かちょさん聞いてる?」
「聞いてない。」
「即答かよ!」
急に何かを思いついたらしい彼女はたまを置いてカウンターの隅で何かを書いている。
こうなったら誰が話かけても返事なんかろくにこないことぐらい知っているが…。
手の中にある小さな箱。
それを握り締めてかちょに向き直る。
今日こそは。
「かちょさん。」
「ん〜?」
「ちょっと聞いてください。」
「あ〜、」
「かちょさん!」
「…何?」
たまらない無愛想さでかちょがたまの方を向いた。
「これ。」
かちょの手の上に小さな箱を載せる。
そっと蓋を開けた。
「お願いだからこんな物を人のカバンに入れないでください。」
箱の中にあった物。
「マジで怖かったんですから!」
それは精巧にできたどこまでも小さな藁人形。
「あっそ。」
サラッと言ってカウンターに向き直ると、再びノートに何やら書きつけて閉じる。
そして満足そうに笑った。
「次の企画は決まったね。」
テレビを消して少女は首をかしげる。
「ナゾだね。」
「そうだね。」
隣で少年も頷いた。
「【黒の聖女】はどこにいったんだろうね。」
「あの時の【星】だったのは…」
カードは何を告げたのか
「あれ欲しかったのになぁ…。」
明日着るスーツを旅行カバンから出しながら呟く。
「あんなもん盗まれたんじゃ当分残業だぞ。」
先輩に言われて肩を落とした。
「で、【黒の聖女】って何だったんだ?」
「絵。作者不明なんだって。」
「ふーん。」
「もう出てこんかもな。」
「見とけば良かったなぁ〜。」
鉄血キャンプは4セット目に突入する。
「まぁ他にも獲物はたくさんあるし、」
グッとアクセルを握る。
「そもそも狙っても無かったからいいけど。」
黒い服を脱ぎ捨てながら冷蔵庫を開ける。
そして【幻のハバネロ】と【黒の聖女】は世界から薄れていった。
□■□終話□■□■□■□■□■□■□
「そもそも絵はあの世界の物では無かったのよ。」
先を見通せない暗い道を少女はつまづくことなく歩いている。
「異種。混じり合わぬ物。異邦の。」
言い方は色々。
けれど最もしっくりくる言葉は一つだ。
「ようは落とし物。」
私が落としたのだけれど、と少女は鈴を転がすような笑い声を上げる。
そんな一人遊びのような言葉を投げながらも歩みは止まらない。
それにつれて暗いままに続くと思うような道も、微かに前方から色を帯びてくる。
「在るべき所に戻るのがまた常。
ならばあれも黒と白が混在する世界に還るべき。」
歩を進める程に強まる光。
逆光の中で影となった少女が振り返る。
「もう運命は紡がれ始めているのだから。」
トートバッグから落とされた物が地に刺さる。
描かれているのは黒いヴェールに顔を隠した一人の少女の姿。
「還りなさい。」
声は優しい。
「還りなさい。」
そして絵は還ってきた。
白と黒の世界、ロスノワールへと。
そして世界はリンクする。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■