怪盗Dは勘違いしている。

【幻のハバネロ】というのは何度も言ったけど食べるとかじゃないのに…

でもこれでハッキリするだろう。
頼むわよ、かちょさん。
ロクロママは気づかれないように店に戻っていった。


「この女性が持っているのか!」

寄越せと言わんばかりに近づくも当の本人は話が見えずにロクロママの方を向いた。
が、姿は無い。

仕方なくカエルの方を向く。

「一体何のこと?」
「あ〜何と言いますか、」

長々と説明をすることが嫌なカエルが語尾をゴニョゴニョさせていると、
さやぴがニッコリと、それはもう天使の皮をかぶった悪魔のような笑みでかちょに言った。

「彼はね、【幻のハバネロ】が欲しいんですって。」

途端にかちょの顔に笑みが浮かぶ。

「へぇ。」

その獰猛な笑みにカエルは若干及び腰になった。


『ここで謎の女性が乱入してき…あぁぁあああ!
 あれってプロデューサーじゃないですか!』
「テラちゃん落ち着いて!」
『落ち着けますか!あの鬼悪魔鬼畜が若い男と現れたんですよ!?』

「…マイク入ってるよ……。」
『ぎゃっ!!
 えーっとあーっと…、かっかかか彼女が【幻のハバネロ】を持っているのでしょうか!?』


「あー、また変なのが乱入してきましたね。」
「ホントね…」

ドサクサに紛れて登場しようとしたsuwanと無由は再度ビルの手すりにもたれた。

「早く終わるといいんだけど。私明日は会議なのよね。」

さやぴはかちょと顔を見合わせて笑う。

「まだ気づかないね。」
「気づきようがないか。」
「かもね。」

抑えるようなくぐもった笑いを止めて二人は怪盗Dを見る。

「あのね、」
「わかってないから言うけど、」
「ハバネロは食べれないって言ったよね?」
「そもそも料理とか以前の問題。」
「だって【幻のハバネロ】は、」

一拍空く。

「かちょさんのことなんだから。」

最後の一言は店の扉が開いた中から聞こえたダミ声だった。


「うっわ馬鹿馬鹿しぃ〜。」

発煙筒を手に握ったままヒマジーは溜め息をつく。
ハバネロだというから今回は大して調べもしなかったのが仇となったなぁ…。
これでは何も盗れやしない。

「またこのパターンか。」


「確かに目的の物とは違うな。だが!怪盗Dはそれぐらいでは怯まん!」

そう言ってかちょに手を伸ばす。

「【幻のハバネロ】をいただ…!」

怪盗Dがかちょに触れる前に何かが遮った。
視線を移せばあるのはかちょが握る折りたたみの日傘。
そのまま怪盗Dの手を払いかちょが睨みつけた。

「ちょっと!そんな加齢臭漂う手で触らないでよ。脂ぎった臭気が移るじゃない!」
「なっ!」
「臭いのよね…この糠床臭が!」
「漬物は上手いし臭くないわぁ!」
「…普通のものならね。

あんたの匂いは一年放置プレイで腐ったやつよ!

私に触りたかったら10年若返って敬語を身に付け、更に黒のスーツが似合う
セバスチャンになってエレガントを漂わせてからいらっしゃい!」
かちょの唇がキュッと上がる。
同時にシャキンッと傘が伸びた。

傘の先が怪盗Dの喉元に突きつけられる。

「コソ泥さん。《お願い》するのなら相応の態度を教えてあげるわよ。」

よろめく怪盗Dを哀れむようにラフィーとまぁちゃんが見守る。

「相変わらずの毒舌…どのくらい耐えれるかねぇ?」
「もって3分くらいかと。」
「頑張って欲しいもんね。」

さやぴは呟くと二人から離れる。

「お姉ぇ?どこ行くの?」
「帰るわよ。どうせ盗めやしないんだから。」

さやぴには帰ってやることがある。

「ダイバーのペペロンチーノを用意しないといけないからね。」


『どうやら【幻のハバネロ】とは彼女の毒舌ぶりに付けられた名前のようです!』

一気に話しテラは息を吸う。

「これ…収拾がつくんですか?」

ボソリと呟けば、

「さぁ?」

と言葉が返ってきた。


「…クッ!これはさすがの私も盗めん!」
「いや、今までの盗みも成功した試しがないし?」

かちょが伝える現実には気付かないふりをする。

「大体前から思ってたんだけど…」
『いい加減にしろ!!』

カエルの一喝にかちょの口が止まった。

「何よ…」
『お前が【幻のハバネロ】なのはどうでもいい!

それよりも【黒の聖女】だ!!』

「は?」
「腹黒い女なら目の前にいるがな。」
「ほほーぅ。」
『お前達がグルなのはわかっているんだ!
 さぁ何処に隠したのか言え!!そこの女も邪魔をするな!』

肩で息をするカエルを見るかちょの目はどこまでも冷たい。

「んなもん知ったこっちゃないないわよ。」
『何だと!?』
「盗られたのなら探すのが公僕の務めでしょ。国民様の犬のくせに。
 大体長い付き合いなんだから怪盗Dがそんな高そうな物を盗むわけがないのなんて、
 万年ヒラ警官のあんたが一番知ってるじゃない。」
「地元貢献がモットーだからな。」
『だがLadySが…』

その時カエルの拳銃にカードが刺さった。

「LadyS参上!予告状通り怪盗Dを頂きに参りました!」
『はい!?』

ついでルイーダの酒場の壁に刺さるダーツ。
カッ!
音にならぬ何かが弾け目映い光が辺りを包んだ。


「今日は一体何なんだよ!」

だがチャンスは今だろう。
カチッと手の中で音をたてた発煙筒を力一杯投げつけた。
ゴンッ

「痛っ!」

げっ。誰かに当たったわ…。


「義兄ちゃ〜ん。」
「うむ、これでは何も見えぬな。」
仕方がない、と鉄血は腰を上げる。
「じゃあ現場に…?」

立ち上がった鉄血に期待のこもった眼差しを送るMNKS。
だが鉄血は一枚のDVDを手にとった。

「これでどうしようもないな。
 今から拙者お手製の鉄血キャンプを行う。」


喧騒とは無縁の倉庫の中。

「随分と遅かったすね。」
「ちょっと面白い事を見てたからね。」

少女の小さく笑う声が響きケッタマシンは溜め息をつく。

「それで?忘れ物はありましたか?」

少女はトートバッグに目を向けて頷いた。

「見つけたわ。」

それからケッタマシンを見て微笑む。

「ありがとう。ケッタさんのおかげで助かったわ。」
「何もしてませんよ。」

微笑んだまま少女は穴に向かう。
それは最初の頃よりは幾分か小さくなっていた。

「さっ行かないと。」

少女は白いワンピースを揺らして穴へと姿を消し、すぐに倉庫はもとの静けさに戻る。
ケッタマシンは分別したゴミを持ちテレビを消す。

「さて、ん?」

軽やかに響く携帯の着信音。
ポケットから出して見ると一件のメールがあった。
内容を見て苦笑する。

「向かう頃には終わってるといいんですが…。」


「一体これは何なんだ!?」

目が眩むような光の後に広がる煙幕。
カエルの目には何も映らず焦りが生じる。

「クソッ!怪盗D!どこだ!?」

もちろん応える声は無い。
まさかLadySが現れるなんて…。
散々ロクでも無い事を言った気がする。
謝るつもりはさらさら無いが、

『せめて俺が捕まえてやるよ!』
「いらんわ!」
「ちょっ!黙ってください!」

意外と近くから聞こえる声は怪盗Dと女のもの。
慌てて銃を向けると軽い衝撃と共に何かが刺さった。

「こんな状態で発砲する気?一般人に当たるじゃない。」

手元に寄せると銃口を横断するように黒いカードが刺さっている。

「はいはい!行きますよ!」
「全くもう早くしてください!」

若い男の声が響き複数の足音が遠ざかる。

『待て!』

慌てて手を伸ばすも空を切る。
追いかけようと足を出した瞬間、

「行かれると困るんだよね。」
「ですねぇ。」

ポコンッポコンッとファンシーな音が響いた。

『足がっ!?』

途端にカエルの足が動かなくなる。

『この探偵コンビ!今何をした?』

怒り混じりのカエルの言葉に返ってくるのは緊張感の無い声。

「あー、怪盗Dに当てるはずだったのにぃー(棒読み)。」
「どうしてカエルさんにぃー(棒読み)。」
『ウソつけ!』


今日は厄日だわ…。
ロクロママは窓の内側から覗き込み大きく溜め息を吐く。
ホントだったら今日も半額クーポンにつられたかちょさんが誰か連れて、
人の良いケッタさんがいつものように来てくれる。
それなのに。

気づけば外は真っ白な風景に塗りつぶされているが、今更そんな事では驚くこともなくなった自分が悲しい。

「もう一回ぐらい塩でも撒いておこうかしら。」

ロクロママの目の前にあったのは岩塩だった。


『突如現れたLadySにより現場は何も見えない状態になりました!
 一体何が起きてるのかわかりまキャッ!』

テラの横をすり抜けるように走り去った複数の何か。
その一人がぶつかった拍子にマイクが観衆の中に飛んでいく。

「マイク!!」
「テラちゃん危ない!」

マイクを追うように観衆の中に自身を飛び込ませたテラの姿はすぐに掻き消え、くうちろの手は空を切った。

「後ちょっとだったんだけどなぁ…。」

中途半端になった手を合わせて合掌する。
ご愁傷様でした。


少しずつ晴れていく視界。
訳のわからぬまま巻き込まれているたまは目を擦る。

「そろそろ煙も消えるか。」

そんな薄くなる白い煙の中にいる人影は明らかに少ない。
おそらく怪盗D達は逃げたとして…
警察の人、探偵、助手。

「…一人足りない?」

確かに自分は誰かと着ていたはず。
全てが消えた時、ルイーダの酒場前に立っていたのは足元がネバネバしたもので動けないカエル、
店から顔を覗かせてしまったとでも言いたそうな顔をしているロクロママ、
コートを着直したラフィーとまぁちゃん、そしてたま。

「…かちょさんは?」

ふと視線を下げると映ったのは見事な二段のタンコブを作り伸びているかちょと発煙筒と岩塩だった。
きっと意識を取り戻したら発狂するに違いない。

「あのタンコブ、31アイスみたいだな…。」

たまは現場逃避をすることにした。
今ならキャンペーンで雪だるまアイスをやってます。

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