【怪盗紳士のお茶の間劇場〜其処にあるのは幻のハバネロ〜】

パァン
乾いた音が響いた。
静まり返る観衆。
間抜けなやり取りをしていた怪盗Dとさやぴの動きが止まる。
皆の視線の先には片手を上げたカエルの姿があった。

『いい加減にしろよ。』
「おい、公僕…。」
『煩い。黙れ。』

怪盗Dに銃口が向けられる。

『今な、お前らの茶番に付き合ってる間にある物が盗まれた。
 知ってるだろうけど。』

薄笑いを浮かべるカエルの瞳は昏い。

『俺も驚いたよ。まさかお前があんな物を狙っていたなんてな。
 それとも利用されただけか?』
「は?一体何のことを…」
『しらばっくれるな!』

パァン
銃声が再度鳴り響き、怪盗Dのマントが揺れた。
微かに煙が立ち上る。

「何するのよ!」

さやぴが声を上げて睨みつけるが、カエルの表情が変わることはない。

『次は外さない。
 言えよ。【黒の聖女】はどこだ?』


「え?」
「いやなんか盗られたみたいですね。」

無線機をいじりながら答える無由の言葉にsuwanは驚く。

「私まだ盗ってないけど…」
「当たり前です。他の奴がやったんでしょ。」
「でも予告状なんか届かなかったでしょ?」

suwanの言葉に無由は溜め息をつく。

「前々から言いたかったんですけどね…」


「正直なところ、予告状なんて出す泥棒は間抜けよね。」

町の外れ。
倉庫が並ぶ前で少女は笑う。
押し殺したような笑いに肩を越えた髪の先だけが揺れた。

「さてケッタさんが待ってるし早く行きますか。きっと困ってる。」


「ありゃ困ったな。」

人混みに紛れて様子を見ていたヒマジーは、けれどちっとも困ったようではなく呟く。
思ったより早く繰り上げないとな。
そう考えながら手の中の発煙筒を握りしめた。


「これってお茶の間に流していいんですかねぇ…?」
「ヤバいね。」

やや戸惑ったように話しかけてくるテラにくうちろはあっさり答える。

「でも、ここでカメラが切れてもヤバいよね。」
「ですね。」

国家権力よりもプロデューサーの方が怖い。
テラは大きく息を吸う。

『現在警察の銃が怪盗Dに向けられた緊迫した状態が続いています!
 これからどうなるのかはまったく予想がつきません!』


「さっきから何この人混み?」

心底嫌そうな顔でかちょは立ち止まった。

「あれ?かちょさん知らなかった?」

後ろにいるたまを振り返る。

「何が?」
「【ルイーダの酒場】に怪盗Dから予告状がきたんだけど…」

途端にかちょは鼻で笑う。

「怪盗Dってあの?
 何を盗るつもりなのか知らないけど金目の物なんか無いわよ。」

絶対、と言葉を締めて人混みに向き直った。

「行くわよ。」
「マジで?」
「当たり前でしょ。」

返ってくる言葉は力強い。

「私は自分の予定通りに物事が運ばないと気が済まないのよ。」


「義兄ちゃん!何か面白いことになってきてるよ!」
「みたいだな。」

本日のプログラムを終了し兄妹仲良くテレビを見る鉄血とMNKS。

「やっぱ行きたいなー行きたいなー♪」
「行かんでいい。」
「せっかく徒歩3分の好条件なのにぃ〜。新しい衣装がまだあるのにぃ〜。」

駄々をこねるように転がるMNKSを足で止める。

「行くなら本当に魔法でも使えるようになってから行け。」


「ラブコメから一気にシリアス路線ですね。」
「そうだね。

別にこういう展開は望んで無かったんだけどね。」

「どうしますか?」
「どうするも何もないでしょ。」

会話を交わしながらラフィとまぁちゃんはコートを脱ぐ。

「これ暑かったですねぇ〜。」
「そりゃあ夏に着たらね。」

けど、と言いながらコートの内側から銃筒がやけに大きい二つ折りの銃を出した。

「物を隠すには便利なんだよね。」
「そうですね。」


「それにしても今の状況はいただけないわね」
「確かに。」

言いながらsuwanが予告状に使っているカードを数枚出すと、無由がボーガンに装着する。

「撤退ルートは?」

聞きながらスーツのジャケットを脱ぐ。
ジャケットの内側から数本のダーツを取り出した。

「W34です。」
「そう。」

横に目を走らせてうなずく。

「じゃあ予告状通り頂きましょうか。」


一体私が何をしたというのだろう。
別にささやかなバーをしているだけなのに…。
去年のオープン記念は招待した友人達による薬を盛り合う事件が起き、そして一周年記念間近の今日は泥棒。

「呪われてんじゃないかしら…」

ガックリと項垂れるロクロママ。

ふと着物の袂が揺れる感覚に手を伸ばす。

「…メール?」

袂から出てきた携帯にある着信メールの表示。
何気ない現実逃避として開ければ見覚えのある名前があった。

『もう着く。スティンガーとスプモーニが飲みたい。』

素っ気ない文章。
電報と間違えかねない簡素な文面だったが、ロクロママには救済そのもの。
これでこの馬鹿げた話は終わる。

「早く来てちょうだい。」


「そろそろ閉まる頃か…。」

あの人は一体何をしているのやら。
几帳面に分別したゴミをまとめて床に置き、ケッタマシンはテレビを見る。
今映っているのは怪盗Dではなく美術館の映像だった。

「やれやれ、やはり盗まれましたか。」
「まぁね。」

後ろでした声に慌てることなく振り返った。


「【黒の聖女】なんて知らん。」
『まだしらばっくれる気か?』
「ホントに知らんのだがな。」

言われてもなぁ、と怪盗Dは頭を掻く。
そこに「あのぉ…」とダミ声が響いた。

『今大事な話中なんです。ちょっと引っ込んでて下さい。』
「そうしたいんですけどね。」

これじゃいつまで経っても仕事にならないのよ、という言葉は胸に収めながらロクロママは怪盗Dを見る。

「あなたが狙ってるもの、もう着きますよ。」

途端、ラフィーとまぁちゃんの足が一歩下がった。

「マジで?」
「ちょうどいいんじゃない?」

怯える弟とは対照的にさやぴは笑顔で怪盗Dを見る。

『【幻のハバネロ】が見れるわよ。良かったね。』


「辛っ!ってか痛っ!」

刺激的な痛みに思わず目を剥く。
彼女の方を見れば素知らぬ顔でグラスを拭いている。

「あ〜辛かったか?」

スキンヘッドが俺の方を見る。

「…いや大丈夫ッス!」

実際には大丈夫ではないのだが彼女の手前、情けない姿は見せられない。
そこは気力で乗り切れ!頑張れ俺!
そんな俺の目の前にあるのはペペロンチーノ。
鷹の爪とニンニク、オリーブオイルで味付けとなる簡素なスパゲティだ。
見た目も普通。
匂いも…いやコレはかなりヤバいッス!
鼻も目も痛い。

「なんかキツそうだね。
食べるの止めたら?」

もう一人いた優しそうな笑顔のスタッフが俺に言う。
が、男として彼女の手料理は食べれないと…!

「食うッス!」

調理場に戻る彼女を横目にフォークを握り締めた。
気合いと根性ッス!
スパゲティを多めに巻き取った瞬間、

「待てっ!」

彼女の鋭い声が。
大股で近づいてきた彼女はスパゲティを見てからスキンヘッドと優しそうな人を睨む。

「五嶋木!十柴原!お前ら鷹の爪を入れ替えただろ!!」

珍しく声を荒らげた彼女に驚いて見ると、彼女は素早く俺の皿を引いた。
えっと俺のご飯…

「人が風邪なのをいいことに…。

これは食べなくていい。」

「…って一体何スか?」

いつの間にかニヤニヤした笑いに変わった二人を見る彼女の目はとてつもなく冷たい。
こんな目をするのは彼女が本気で怒った時だと知っている。
(そしてその後に死にかけた記憶も俺の中に残ってる。あれはマジでヤバかった。)

「あそこの二人の悪戯。
 さっきのお客が置いていったハバネロ(乾物)を鷹の爪と入れ替えてた。」

そう言いながら彼女は二人に包み紙を投げつける。

「これは女性の方から貰ったやつだ。カレーの200倍の辛さを味わえ。」

当たった瞬間に真っ赤な粉末が舞った。


「さて、どのタイミングだろうね。」

ふと上げた視界に向かいのビルが入る。

「あれ?」

あそこって確か休みだったはずだけど…。
窓から覗く小さな少女の姿。
そして見覚えのある青年。

「今の加藤だよな…。」

チラッとしか見えなかったが高校時の後輩に間違いない。
あいつシスコンからロリコンに宗旨替えしたんだ…。


「あ〜もう!何この人混み!」

かき分けるに出てきたのは一組の女性と男性。

「だからさっきから言ったじゃないですか…。」
「うるさいなぁ〜。」

げんなりとした男性とは対照的に女性の方は元気そうだ。
幼さの残る丸顔が怪盗Dをじっと見つめる。

「あれが怪盗D?」
首をかしげる女に駆け寄るロクロママ。

「かちょさん!来てくれたのね〜。」
「そりゃ本日限定クーポンなんか送ればね。」

ロクロママは怪盗Dとカエルの方を向く。

「お待たせ。【幻のハバネロ】が届いたわよ」

ダミ声がやけに響いた。

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