【怪盗紳士のお茶の間劇場〜それぞれの思惑は空回りする〜】


「コマ切れるよ。テラちゃんヨロシク!」

『さぁ怪盗Dの予告時間まで後一分を切りました!
 今日はどんな登場の仕方をするのでしょうか!』

テラが言い切った瞬間。
全ての灯りが消えた。

『なっ!なんてことでしょう!
 今通りにある全ての電気が消えました!』

どよめく人々の中でテラは声を張り上げる。

いいぞテラちゃん!
やっぱり酒を入れておいて良かったと思うくうちろ。

『さぁ!怪盗Dは何処に現れるのか!』

その時ルイーダの酒場横にある三階立ての雑居ビルにだけ灯りがつく。
そしてビルの屋上にあった看板にあてる用のライトが【ルイーダの酒場】の屋根を照らし、浮かび上がる一つのシルエット。

「怪盗D見参!」

百人はいると思われる観衆がどよめく。
それをビルの屋上からヒマジーは呆れたように見下ろしていた。

「まったく、今回も手の込んだことを頼むんだからなぁ〜。」

けれど口の端が上がるのは止められない。

「さて。様子でも見ながら次の演出でも考えますか。」

深く被り直した帽子で表情はもう読めなかった。


やれやれ。
ヒマジーを見下ろして少女が息を吐く。
背中までの髪が少し揺れた。
気配を消して現れるのは止めてもらいたいね。
屋上へ続く階段の屋根に少女はやたらと大きいトートバッグを置いて座る。

「ここで我慢するしかないか…」


未だにどよめく観衆。
それとは逆に怒りが湧き上がるのはカエルだ。
拡声器を持つ手に力が入る。
スイッチオン。

『泥棒が毎回毎回派手に現れるなよ!』

対して怪盗Dは心外そうだ。

「何を言う。コソコソと物を盗られたら警察なんぞ何も出来ずに終わるだけだろう。
 予告状に四季折々のハガキ。感謝状が出てもいいくらいだ。そもそも泥棒とはなんだ。
 あんなコソコソとしたもの、私の主義に反する。」
『十分お前は泥棒だよ!』

兄ちゃんナイスツッコミ!、とかかる声をウルサイと一蹴し怪盗Dを睨みつける。

『大体なぁ、怪盗なんて名乗るならもう少しいい物狙えよ!』
「何を言う!地元密着、地域復興に貢献した素晴らしい盗みではないか。」
『全然素晴らしくない!ってか毎回毎回お茶の間で笑われる身になれよ!
 俺は好きでお前の相手してるわけじゃない!』

溜め息の怪盗D。

「ツンデレ、か。男からの愛を受け止めるのはさすがに難しいな…。」

『モウイイカラ死ンデシマエ。』
「ちょっカエルさん!銃は出さないで!!」

無機質な瞳で拳銃を出すカエルをロクロママが羽交い締めにした。

「うちの店が壊れる!」

呆れた視線を送る怪盗D。

「正論にキレるのは大人の特徴であるらしいな。
 そこのダミ声も麗しくないママ、私がその公僕の戌を追い払ってあげようではないか。」
「ついでに貴方も帰っていただきたいんだけど。」


「何かショートコントみたいだね。」
「笑えねぇけどな。」
「せっかく早めにいい席を取ったんだから何か起きてくれませんかね。」
「コネーコネー。おやのななひかりー。」

ルイーダの酒場の向かい。
やや高いビルの2階から怪盗と警官のやり取りはバッチリ見えている。
幼い少女と保護者達は窓にイスと机を寄せてノンビリ鑑賞していた。

「りひとーピザはー?」
「人混みで遅れてるんでしょう。これを食べて少し待ってください。」
「わかったー。」

よっちゃんいかを素直に受け取る少女。
心なしか嬉しそうだったが、不意に眉を寄せて外を見た。

「…だれか、おなじ、おなじのがいる?」


睨み合う怪盗と警察。

『はい!使えない警察は引っ込んでてください!』

突然に割って入ったのは若い男の声だった。

「ぬ!?何者だ!」

怪盗Dが素早く辺りを見回すも声の主はいない。

『はいはーい、こっちですよー。』

ガラッ。
隣にある雑居ビル2階の窓が開き、カエルと色違いの拡声器を持った若い男と優しそうな外見の眼鏡の男性が現れた。

『猫探しから浮気調査、果てはどんな難事件もたちまち解決!』

バサッとばら蒔かれたチラシに踊る《ラフィー探偵事務所》と書かれた文字が風に舞い広がる。

『ラフィー先生とその弟子まぁちゃん登場!』
「いや猫探しはしたことないんだけど…」

ラフィーのツッコむ声は小さくて誰にも届かない。

『怪盗D!今日が年貢の納め時だ!首を洗って待っていろ!』
「洗うって…一回帰っていいわけ?」
『じゃあ今拭くだけでいい!』


『怪しげな探偵事務所の登場で話は意外な展開へと転がりそうです!

ここで一旦コマーシャルへ!』
くうちろがオッケーを出した瞬間よろめくテラ。

「テラちゃんどうした!?」

慌てるくうちろの目の前でテラの顔はドンドン青くなる。

「なんか、気持ち悪い…。」

やべ。入れ過ぎた。
コマーシャルの後、テラの姿は無かった。


『すっこんでろよ探偵!』
『ここに謎がある以上無理です!』
『無い!スッキリスマートストレートに欠片も無いわ!』
「ホントにね。」
『何言ってるんですか先生!明日の食事のためにも頑張って下さい。』

まぁちゃんが拡声器を持ったまま振り向いた瞬間、
ガンッ
なかなか鈍い音を立てて敬愛するラフィーにぶつかった。
外れる眼鏡。
よろめいたラフィーが窓に手をかけようとして…

『せんせぇぇぇぇぇ!!!』

落ちた。

『憶えてろ怪盗Dめ!』
「いや違うだろ。」

ガラガラパタン
窓は閉められた。


「今のは一体何だったんだろうね。」
「さぁ…。」

人混みを避けながらいいポジションを取ろうとするやなぎだったが人だらけで上手くいかないでいた。

「僕もうつかれ、フギャン!」
「やな!」

さっきまで空を舞っていたチラシに足をとられて転ぶ。

「足痛い…」

ジンジン痛む足を擦っていると彼の手がやなぎの頭を撫でた。

「もう帰ろう。おぶってやるよ。」


「相変わらずのコントだな。」

口論が繰り広げられる酒場前を見下ろして無由は笑う。
もう少し見たいんだけどね。

「まぁ他のゲストが来る前に片付けとかないと。」

手にあるのは一枚のカード。
黒地に銀の文字で描かれた綺麗なものだ。
手慣れたように無由は特製ボーガンに取り付ける。

「あんまり動くなよ、お二人さん。」

軽い音がして数秒後。
もうそこに無由の姿は無かった。

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