《足跡ペタリン★イベント小説》【怪盗紳士のお茶の間劇場〜登場はCMの後〜】

もともとルイーダの酒場がある場所は地味な繁華街で、夜になると出歩く人も多いが賑わうという程でもない。
今日を除いて。

「テラちゃ〜ん、準備いい?」

カメラを担ぐくうちろを振り返ってテラはニッコリ笑った。
が、目は笑っていない。

「ダイジョブヨ。」
「うわ、スッゴい片言ですよ。ヤバいですよ。」

落ち着いて、と渡されたお茶を飲んでテラは大きく息を吐く。
次いで勢いよく手のひらに人という字を書き始めた。
こりゃマジでヤバいな…。
まぁ前回の事を考えたらわからなくもないけど。
テラは今年入社したばかりの新米レポーター。

くうちろや他の先輩達に付いて勉強し、晴れて先日初めてのレポーターを行なったわけだが…

「次こそは。次こそは。」

呪文のように呟くテラの姿が痛々しい。
大丈夫だろうか。
カメラのテストに映る人々の姿。

前回のレポートでテラは人の波に飲み込まれて行方不明になった。
見つけた時には既に撮影は終わった後で、見るも無惨な姿になっていたのが記憶に新しい。
とはいえ、今日いるのはテラとくうちろだけ。
なんとかテラには頑張ってもらわないといけない。
その為の最終手段は投じている。

「このお茶苦くない?」
「ちょっと濃い目に入れたかも(^_^;)」

不思議そうにしていたテラもくうちろの答えに「だからかぁ。」なんて飲んでいて、その姿には若干の後ろめたさを感じる。

すまん。それ酒が入ってる。


「へぇ〜、面白そうなことしてる。」

5階立てのビルから一人の少女がルイーダの酒場を見下ろしている。
白いワンピースと背中に届く髪は流したまま。
そこらへんにいる少女達と変わらない姿をしているが、ただ持っている雰囲気だけは違っていた。

「せっかくだから見ていこうかな…っと、」

素早く柵から手を離して身を潜めた。
様子を見ること数秒。
すぐに柵から身を乗り出す。

「あーぁ、アレも来てるんだ。」


「やなぁ。」

優しく呼ぶ声にやなぎは振り返った。

「なぁに?」

無意識に自分の声も甘くなるのは好きな人と一緒にいるからだろう。

「そんなにはしゃぐと転ぶぞ。」
「だってテレビで観てたアレが生で見れるんだよ!」
「わかったから…まったくもう。」

互いに顔を見合わせて笑うとはぐれないようにしっかりと手を繋いで歩き始めた。


「チラシはこれくらいで足りるかなぁ…。」

いっそ高くてもカラーにすべきだったか。
それとも先生の顔写真を入れるべきだったか。

「悩むよなぁ…。」

モノクロに刷られたチラシを見て一瞬悩むも、結局金は無いという結論に達してまぁちゃんは事務所の中を見渡した。

薄汚れた中に簡素な机とパーテーションで仕切った応接室。
イメージはこんなもんだけど…。

「問題はあの人だ。」
「あの人って誰だい?」

唐突にかかった声にギョッとして素早く後ろに振り返る。

「ラフィー先生!」

先生と呼ばれた人物は優しそうな顔をややしかめて、

「そんなに大きい声で叫ぶことないじゃないか。」

と、まぁちゃんのチラシを見る。

「あ、これ今日の配布分かい?」

随分あるねぇと笑うラフィーにまぁちゃんも笑顔で返した。

「これで事務所には一銭もありませんから。」

沈黙。

「…本当に?」
「マジです。
だから今日は頑張って下さいよ!」

途端にラフィーの顔が渋る。

「あれねぇ、あれは僕の管轄外でしょ。」
「何言ってるんですか!
 こんな事じゃ客が来ませんよ。
 先生にはスポンサーがいないんですから働いてもらうしかないんです。
 何より家賃が払えません。」

溜め息が一つ。

「まぁ頑張るよ…。」

そのままテレビに目を向けると地元ニュースとして怪盗Dの話題が上がってるところだった。
「…これはさや姉ぇに任せた方がいいんだけどね。」


不意にさやぴのカードを捲る手が止まる。
テレビに目を向けると地元ニュースとして怪盗Dの話題が上がってるところだった。

グシャッ

途端手にあったカードが握り潰され哀れな姿に変貌する。

「あー!」

気づいても後のまつり。
そっと広げた中にあったのは《愚者》のカード。
まさに話題の主にふさわしい愚かで自由なカードだ。
とはいえ自由にしたままにするつもりはさやぴにない。
出かける準備をするべく立ち上がる。

「痛っ!」

あまりの勢いにテーブルに足をぶつけ、残りのカードが散らばった。
何気なく拾ったカードは《星》。
意味は希望。

「…どういう意味?」


『マジですか!?』

電話の向こうの声が思ったより大きく、suwanはとっさに耳から受話器を離した。

「仕方ないでしょ、残業なんだから。」
『そりゃ仕方ないっちゃ仕方ないんですけど…間に合うんですか?』
「何とかするから無由君は準備だけお願いね。」
『わかりました!』

返事と共に切れた電話を少しだけ見て受話器を置く。
それから仕事を片付けるべく机に向かった。


『今日、アンテノンテまで迎えに行きますから!』
『何で?』
『危ないッス!
 特に今日は近くに怪盗Dが現れるじゃないッスか!』
『見たいだけだろ。』
『(何で!!)違うッス!心配なだけ、』
『あー疲れた。ペペロンチーノが食べたい。』
『ちょっ!毎回毎回スパゲティのこ…』

ブツッ

『!?』

俺の手の中の携帯は切れていた。
いつものパターンか…。

少し見つめた後二つに折ってベッドに放り投げる。
もちろん床に叩きつけたりなんかはしない。(もしかしたら連絡がくるかもしれないから。てゆーかくるはずだ。
誰だろうと女々しいなんて言ったらぶっ飛ばす。)

「…あーぁ。」

毎回思うが彼女は俺の彼女であって、つまりは恋人なわけであって、部屋に来るのは当たり前であって。

「それなのにアレだ。」

年上の余裕なんだろうか。
俺ばっかりが好きで会いたくなってワガママ言ってる気がする。
てんで適わない。
とはいえ今日はホントに危ない。

怪盗Dはいいとして群がる野次馬が彼女に惚れたら大変だ。
迎えに行くべく俺は出かける用意を始めた。


【今夜★マジカル☆ミナ参上!!】

画面の中を踊る文字に鉄血の拳が震える。
MMKSめ!
親同士の再婚によってできた義妹は可愛らしいものだった。

…ネットアイドルだったことを除いて。
仕事せずにパソコンとコスプレに興じた挙げ句にこの暴挙!

「天誅ものである!!万鬼『わかったかー!』」


遅い。
たまはもう一度時計を見る。
相手との約束は7時45分。
だが姿どころかメールすらない。

「残業かな。」

素早く周りを見渡しアンテノンテと看板を上げるダイニングバーを見つける。
確かあそこの子可愛かったよな…。
メール送っておけばいっか。

「悪いのは遅刻したかちょさんだよ。」


「マナ、手を繋がないとはぐれますよ。」
「すなおにてをつなぎたいっていえよー。」
「そんなわけないでしょ。
 頭が悪いこと言ってると脳の皺が減りますよ。」

かなりの毒舌を吐き合いながらも仲良く手を繋ぐ少年と小さな少女。
マナと呼ばれた少女のもう片方の手はもう一人青年に伸ばされた。

「ちーあーきー。」
「はいはい、ごめんね。」

優しそうな笑顔を浮かべて青年は手をとった。
その後ろに続く少し目付きの悪い青年。

「煩ぇな。早く歩けよ。」

途端に三人の冷たい視線が注がれた。

「そんなことぐらいでグダグダうるさいー。」

少女の言葉はすぐに人波の中に消えた。


「あの…カエルさん?」

ダミ声に呼ばれてカエルは面倒くさそうに振り返った。
声の主は酒場のロクロママだ。

「なんですか?」
「もうそろそろ予告の時間になりますよね。」
「なりますね。」
「応援、とかは?」

店内にはロクロママとカエルしかいない。
けれどカエルの反応は至って冷静なものだった。

「いないです。」
「はぁっ!?」

素っ屯狂なママのダミ声が響いてエコーする。

「いないんですか!?
 今日泥棒が来るのに!!」

対するカエルの目はどこまでも遠い。

「いやだって別に必要無いし。」
「無いの!?」
「無いでしょ。」

それにね、とカエルは言葉を続ける。

「今日は美術館に届いた【黒き聖女】の絵の警護で人がいないんです。
 俺もあっちが良かったのに…。」



「後4時間27分と3秒。」

薄暗い倉庫の中、低めのボリュームでつけたテレビを観ながらケッタマシンは呟く。
まったくあの人はどこに行ったんだか。
自由奔放なところが彼女の魅力であると同時に短所でもある。

「まぁ、間に合わなかったら別に用意すればいい。」

穴はまた作れる。

のんびり待つことにしてケッタマシンはテレビのボリュームを上げた。


「D!準備はどう!?」

黒一色に身を染めたヒマジーはカーテンの向こうに声をかける。

「大丈夫だ。」

返ってくる低い声。
カーテンを開けると姿を現したのは黒のマントを颯爽とはおったガタイのいい男だった。

「…Tシャツ、ですか……。」
呆れたように呟くヒマジーの目に映る【脳噛】と描かれたTシャツ。
マントの中で白い文字が鮮やかに栄える。

「いいだろう?
 特注で作ってもらったのだ。」

自慢気に見せるダイバーに溜め息は隠してサングラスをかけた。

「もう何でもいいですから行きますよ。」


『今私は【ルイーダの酒場】に来ています!


怪盗Dからの予告状がここに届いたわけですが、今回はどうなるのでしょうか?
彼の予告時間は間もなくです。
では一旦コマーシャルへ!』

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