第六話





 秋螺の姿が見えなくなった瞬間、戦闘は始まった。
 静華がほぼ一つの音のように聞こえるくらいすばやく三連を撃ちだすが、
 やせた方の男はマトリックスさながらの動きで弾をよける。
 間接があり得ない動きをして、手裏剣らしきものが飛んでくる。
 静華は樹の陰でそれをやり過ごすと顔を出し、今度は太った方、次郎に向けて発砲する。

 金属同士がぶつかって響く音。
 次郎は倒れていなかった。
「あいつ・・・、身体を硬くできるの・・・?」
 次郎がにぃと笑って、口を開いた。
 静華は別の樹の陰へ向かって飛び出した。
 その瞬間、元居た場所が盛大な音を上げて燃え盛る。

「げ、火吹いた・・・」
 いかに能力者といえど、ここまで化け物じみた奴はレイヴンを除いて知らない。
「ははは、どうした。
 大口切ったかと思えば、この程度なのか?」
 やせた男の挑発。
 やせた方よりも、太った男を何とかしなくては。
 そう思った。
 見れば、次郎の吐いた火が勢いをあげて他に燃え移っている。
 時間をかければかけるほど、状況が悪くなる。
 樹全体が燃え出したら目も当てられない。

「まったく。なんて面倒な能力・・・!」
 また別の樹の陰へ移動しながら、次郎の目や鼻に向かって撃ちまくる。
「げははは!無駄無駄。おでには効かない〜」
 吐かれる火に紛れて、手裏剣が正確に静華を狙う。

 不利だ。
 静華には制約が多すぎる。
 薬の切れる時間、あと七分。
 弾の数、あと二十四発。
 味方、なし。
 だが、それでもやるしかない。
 秋螺はレイヴンを連れてくると言っていたが、端から期待などしていない。

「奴に手を借りるくらいなら・・・」
 発砲しようと顔を出すと、目の前にやせた男の顔があった。
 すんでのところで身をかわし、後ろに飛ぶ。
 男の小刀の斬撃はかわされ、その勢いを利用した後ろ回し蹴りが樹の幹を粉砕した。
 着地も済んでいない静華は飛んできた木片の雨霰に体勢を崩した。
 直後、すさまじい勢いで火に炙られる。
 ほとんど無意識に地を蹴ったのが幸いして、全身を焼かれる事態は免れたが、蹴った方の足が焼かれ、ブーツが燃え上がる。
 急いでそれを脱ぎ捨てた。
 暗くてよく判らないが、火傷くらいはしているだろう。
 すぐさま場所を変えるが、その足に鈍い痛みも感じた。

(まったく、なんて好タイミング!)
 無理な姿勢での跳躍が捻挫の原因だろう。
 薬で身体のリミッターをはずしているのだ。
 無理なことをすれば身体がついていかない。

 どうして、私は能力者じゃないんだろう・・・。
 たまに、そう考えることがある。
 薬を飲んで能力者と渡り合い、一仕事終えた後に必ず来る胸の激痛。
 対能力者用のこの薬は、心臓にかなりの負担を強いる。
 特殊工作科の前線の人間は、常に死と隣りあわせだ。

「そろそろ負けを認めて出てきなさい。
 そうすれば楽に、一瞬で殺してあげますよ」
 暗い樹の影から、やせた男の声が聞こえる。
「銃なんて、所詮は一般人の武器。
 能力者の目には敵いませんよ。
 なんたって、撃ったあとに避けてしまえば、絶対にあたりませんからねぇ。
 あははははは」

(そんなことわかってるわよ・・・)
 そうなのだ。
 銃では勝てない。
 静華自身がよくわかっていた。

 薬を飲めば、自分の撃った銃の軌道が、弾が回転し飛び出す様が、見えてしまうのだ。
 静華の戦法は、これを逆に利用することだった。
 回避しようのない無理な体勢を取らせて撃ち込むか、あるいはその慢心を利用するか。
 さきの畑野戦でも、その両方を利用して勝てた。
 でなければ、非力な静華では能力者には勝てないのだ。

 静華がレイヴンを狙う理由は、私怨の他にそのこともあった。
 能力者社会の中で、誰もがその力を認めるレイヴン、奴を倒せば彼らの横行も止められるのではないか?
 能力者たちはその力を使って、己の欲を満たす。
 レイヴンも然り。
 オーガナイズド・クロウなどという能力者集団に属し、闇金のドンや暴力団などを壊滅させているが、それはやはり正しき道ではない。
 なんのための法なのか・・・。

「奴を倒すまでは・・・あんたたちなんかに!」
 火が、かなりの範囲を囲んでいる。
 次郎が、静華の位置めがけて火を吹いた。
 静華は飛び出し、やせた方をけん制する。

 今までの戦いから、次郎は専ら後方支援。
 動く方はやせた男。
 だからやせた方を銃でけん制し動きを制限する。
 目に見えると言っても、やはり当たれば致命傷なのだ。
 その証拠に、静華の撃った弾に何かをしようとする様子はない。
 次郎とは違い、体の強度は一般人と同程度か。
 上から焼け落ちた太い枝が落下してくる。

(これが賭けだ!)
 わざと隙を見せ、やせた男の攻撃を誘う。
 案の定、男はこちらに向けて飛び出した。
 投擲された手裏剣を避け、静華、やせた男の間に丁度落ちてくる木片目掛けて発砲。
 その弾が木片に当たるよりも早く、わずかに軌道をずらして再度発砲。
(・・・当たれ!)
 静華の目が細くなった。

「さぁ!死ね!」
 やせた男は弾は避けたと思い込み、既に静華しか見ていない。
 静華も気を引くために、銃を投げ捨て腰の後ろのナイフを抜いた。

 直角の角度で弾が当たり、木片が砕け散る。
 その衝撃で弾の速度だけがわずかに落ちる。
 後ろからもう一発が追いつく。
 弾と弾が擦れあい、軌道を変えた。
 静華はナイフを投げた。
 やせた男は地を蹴りそれを避けた。

「血迷ったか。
 それとも力の差を思い知ったか!」
 慢心した男の腹部に、軌道を変えた弾が直撃した。
「なっ・・・!」
 あらゆる感動を捨て去り、静華はすぐさま行動を起こした。
 男の元に迫る途中の幹に手裏剣が刺さっているのも計算済み。
 それを引き抜いて、男の喉下を掻き切った。
「お・・・の・・・れぇぇぇえ!」
 噴水の如く鮮血を撒き散らし、男は倒れた。



「うっ」
 無理をしたためだ。
 左足が激痛を訴えた。
 火傷し、捻挫した足だ。
 手元に武器はない。
「まだ・・・一人残ってる・・・」
「あああああ兄じゃぁぁ!」
 太った次郎がのっそのっそとやせた男に駆け寄る。
 あの太い手に掴まれたら、今の静華ではひとたまりもないだろう。
 武器を取りに戻っている暇はない。
 痛む足を引きずりながら、次郎と距離をとった。

「あ、ああ、ああああ、兄じゃ、兄じゃ!」
 次郎が膝をついて泣き出した。
「ああああああああああああああ!」
 泣きながら・・・。
「あああ!あああああ!兄じゃぁぁぁぁ!」
 息絶える兄の肩にかじりついた。
「う・・・、嘘・・・」

 兄の肩を噛み千切り、ばりぼりと音を立てて咀嚼する。
 泣きながら、鼻水を垂らしながら、兄じゃ兄じゃと連呼しながら、頭、腹、足と子供のようにかぶりついた。
「あああ、兄じゃ・・・あ、に、ジャ・・・アニジャ・・・アニ・・・」
 次第に声質が変わってくる。
 脳の足りないだけの人間かと思っていたが、その雰囲気ががらりと変わる。

 怖い。
 化け物だ。
「う、うぅ・・・」
 静華が戦慄した。
 こんなの聞いてない。
 能力者というより、本当の化け物・・・。
 人を食らい、力を増す。
 次郎が口の周りを真っ赤に濡らしながら、静華を振り向いた。

「よくも・・・兄じゃをごろじだな・・・」
 犬歯が伸び、白目をむきながら、異様な気配を漂わせゆっくりと立ち上がった。
 そこにはもはや人間とは呼べぬ、ただの食いかすが残っていた。

「あああああああにじゃのがだぎぃぃぃぃぃぃ!」
 鼓膜を突き破り三半規管を破壊し、脳を揺らす大音声が響き渡り、
 それだけで静華は数メートルも吹き飛ばされ、樹の幹にしたたかに打ちつけられた。
「ぐはっ!」
 あまりの痛さに呼吸もできなくなり、恐慌状態は解消されたが。
(内臓・・・破れたかも・・・)
 辛うじて意識は保てたが、静華は吐血し立てなかった。








「うっわ。なにこの音!
 ・・・声か?」
 全身汗だくで、やっと真っ暗な夜空に星が煌いているのを確認できた頃、遥か下方から慟哭とも取れる謎の奇声が聞こえてきた。

「まずい・・・なぁ。早くレイヴンを見つけないと・・・。
 あの子が・・・」
 情けない情けない情けない。

 足の感覚も麻痺し、ランナーズハイも峠を越えて、幾ら空気を吸っても肺が痛い。
 それでも秋螺は走り続けた。
 彼を突き動かしているのは、自己嫌悪。
 レイヴンもあの女の子でさえ、強大で恐ろしい能力者と戦っているのに、自分は戦うことすら許されない。
 自分にできるのは、助けを呼ぶことだけ。

「レイヴンー!どこにいるんだよー!」
 あらん限りの声を出したつもりだったが、呟くような大きさだった。

 足を止めて休憩してしまえば、もう二度と走り出せない気がした。
 喉が痛い、肺が痛い、おまけに頭も痛い、ついでに足も痛いし、手も痛い。
 だからどうした。
 あとで幾らでも痛がってやるから、動けよ、俺の脚!
 飛びそうになる意識を頭を振って回避し、閉じかける目を強引に開けて、
 暗い枝葉の中を不吉な黒鳥を探して、秋螺は歩を進めた。

だが、ようやく辿り着いた月に一番近い場所で秋螺が見たものは。
 膝をつくレイヴンの姿だった。

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